今年もあの人に

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 2007年5月19日

 - Stage21 - 今年もあの人に 

 

 

 

 

前夜眠れなかった。

 

 

布団から抜け出し、寝付けにとあおったウォッカのグラスを傾けながら、部屋の片隅に貼ってあるタイドグラフを眺めていた。

 

「明日しかない。」

 

潮時表はそう告げていた。

 

「荒れそうだな・・・。」

 

そうつぶやいて、俺はまた布団へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

 

 

窓から見た外の景色はとても暗かった。

 

 

土砂降りの雨が、街を洗うかのように空から叩き付けていた。

 

「しかし、今日しかあるまい。」

 

 

電話が鳴る。

 

 

電話の主は大野ゆうきだった。

 

 

 

「行くしかないですか・・」

 

 

 

大野も同じ事を考えていたに違いない。

 

 

「ただじゃすまないかもしれませんね。」

 

 

大野も覚悟を決めたようだった。

 

 

 

「潮は今日までだ。今日ダメなら・・・」

 

 

そう俺は告げて電話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

海辺の船着き場に着くと、大野はすでに到着していた。

 

その沈痛な表情から、ここから先に起こる全ての出来事が、おそらく想像できていることがわかる。

 

 

 

「村岡さん、やっぱり・・・」

 

 

 

弱気を見せた大野の目を見ずに、俺は黙って黙々と準備を続けていた。

 

 

 

状況は厳しいとの情報があった。

 

 

最悪を覚悟しなければならない。

 

 

そんな周囲の噂が大野の足を少し震わせていた。

 

 

 

 

「村岡さん、やっぱり、俺たち二人じゃ・・・」

 

そう言いかけた大野の言葉を俺は遮った。

 

 

 

 

「もう一人来る。飢えた男だ。」

 

 

 

そう告げて、数分の音のない時間が過ぎていく。

 

雨音だけが止むことなく、俺たちの行く手を阻む意志でザーザーと音を立てていた。

 

 

 

 

 

やがて、叩き付ける雨のしぶきの向こうに、霞んだ影が現れた。

 

 

男の顔はこの世の辛酸を浴びながら生きてきた顔をしていた。

 

 

同時に、寝ていない顔であった。

 

 

「まもなく雨は止む。」

 

 

郷と名乗るその男は、俺たちの心配を知っていたかのように、顔を見るなりそう口走った。

 

 

「でも、天気予報では・・」

 

 

そう口にしかけた大野の顔を、郷と名乗る男の眼光が鋭く射抜いた。

 

 

 

 

「・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、ならば急ごう。」

 

 

 

俺は出撃を決意した。

 

 

 

 

船に乗り込んでロープの舫を外す。郷は鋭い眼光で遠くの水平線を見ていた。

 

 

 

 

 

 

走り出して、やがてすると、雨が止んだ。

 

 

郷と名乗る男の言う通りとなった。

 

 

「本当に確かなんだろうな?」

 

 

 

俺はたまらず聞いた。

 

 

郷は右胸のポケットから、たばこを取り出し、口にくわえて顔を上げた。

 

 

 

 

「さあな。」

 

船は更に進んでいく。

 

 

 

 

大野もただ一点だけを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

俺たちはやがて、見慣れない島に到着した。

 

 

「やつらがいる。」

 

 

郷がそうつぶやいて、左手の人差し指をある方向へ示した。

 

 

 

「あ、あいつらは!?」

 

 

大野が叫ぶ。

 

 

「通称、アサリ軍団。この島が現れるときは必ず奴らも現れる。」

 

 

そう、郷はつぶやいて鋭い眼光を送った。

 

 

 

 

 

「あいつらが現れる場所には必ずアサリがある。逆に言えば、アサリの無いところにあいつらは現れない。」

 

 

そう俺は大野に説明した。

 

 

軍団が、こちらに気付いて近寄ってきた。

 

 

 

 

「お前らも掘るのか。」

 

 

「まあな。」

 

 

 

「邪魔はするなよ。」

 

 

 

そう言って、軍団は潮干狩りに戻った。

 

 

 

 

 

俺たちも素早く準備して潮干狩りを始めた。

 

 

 

大野は大股開きでアサリを掘りまくる。

 

 

 

 

「いやー、腰痛いっすね。」

 

 

 

 

 

「座れよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて多くのアサリが集まった。

 

 

 

 

 

 

 

「もう十分だ、引き上げよう。」

そう俺は周りに向かって言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと見ると郷が見あたらない。

 

 

 

アタリを見渡すと、郷は海の中に立ち込んで、釣りをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

俺は背後に近づいて声を掛けた。

 

 

「スズキか?」

 

 

 

「そうだ。」

 

 

 

 

 

「潮止まりだ。」

 

 

 

「そうか。」

 

 

 

 

 

郷はロッドをたたんだ。

 

俺たちは家に戻った。

 

 

 

 

家に帰ってすぐのビールに、誰かが睡眠薬を仕込んだと気付いたのは、すでに足下がふらつくのに気付いたときだった。

 

 

「くっ、ここまでか。」

 

その言葉が出る間もなく、俺の意識は闇の中へと落ちていった。

 

 

 

 

2時間ほど経っただろうか。

 

 

肩を揺すられて、目を開けると、目の前に大野と郷が見守っていた。

 

 

俺は、しばらくは状況がつかめずにいたが、突然あることに気がついた。

 

 

「しまった!もうやってしまったか?!」

 

 

「ええ。」

 

大野が即答した。

 

 

 

 

アサリご飯はできてしまっていた。

 

誰かの策略で、レシピは無い。

 

 

 

今年はこのアサリご飯を堂元知事に捧げよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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