ハードボイルド風釣行記 村岡的社会実験

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AreaXXX - Stage1 〜北の飛翔体を追え〜

2009年4月4日 千葉県沖

 

 

 

今年の3月はじめのことだった。

 

村岡の会社に一つの宅急便が届いた。

机の上に置かれた弁当箱程度の包みを無造作に手に取り、宛名書きを覗いた瞬間、村岡の顔から血の気が引いた。

 

 

「ファントムキラー様だと・・・!?いったい誰が・・?」

 

宛名覧にはソルト系ルアーメーカーの社名が記されていた。

広報部 打田 と書かれているが、おそらくこれは嘘だろう。

 

 

村岡にはこの宛名に記されたファントムキラーという名前に覚えがあった。

なぜならば、はるか昔、村岡自身が名乗っていた名前だからだ。

 

 

「誰も知らないはずのこのコードネームを一体誰が・・・?」

 

村岡はそうつぶやき、梱包を解くと、一台の携帯電話が出てきた。

どうやらキーボード付き携帯のようだ。

電源を入れると、美しい女の画像が待受画面になっていた。

 

 

 

 

電話帳を見ると、一件だけ電話番号が登録されている。

村岡の過去を知る人間からの何らかのアクションであることは間違いない。

村岡はごくりと唾を飲み込むと、その携帯電話に電話を掛けてみた。

 

 

 

【この番号は現在使用されておりません・・・】

 

村岡は心なしか安堵の表情を浮かべ、携帯の電源を切ると机の引き出しにしまった。

 

 

 

 

それから2週間後、村岡は韓国の地に降り立っていた。

今回は本業の仕事の3日間の出張の予定である。

初日はホテルに入り、翌日に備えるだけという日程であったので、村岡はすっかりリラックスした表情で空港からタクシーに乗ってホテルの行き先を告げた。

 

 

道中、タクシーの運転手が流ちょうな日本語で話しかけてきた。

 

「お客さん、韓国は初めてですか?」

 

「いや・・・。」

 

無愛想に答えると、村岡は窓の外に目をやった。

 

 

 

「そうですか、韓国も昔に比べ、ずいぶんと変わりました。」

 

運転手が会話を続けようと話をつなぐ。

 

村岡はある男の名前を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

{郷と名乗る男}

 

 

 

 

 

かつて雑誌社に身を置き、世界各国の情報収集を行っていた内閣官房室特殊諜報員だった男だ。

 

{郷と名乗る男}は村岡と何度か動きを共にした。

伊豆でアオリイカを釣りながらアメリカ軍の空母、ジョージワシントンの動向を探ったり、千葉で潮干狩りをしながら朝鮮半島からの密輸の中継地になっている漁港の動きを追ったりした。

 

しかし、昨年に雑誌社を辞めたあとは、「郷と名乗る男」はどこで何をしているのか村岡にはわからなかった。

知りたくもなかったもなかったというのも正しいだろう。

それだけ危険な事がたくさんあった。

 

 

 

「Rrrrrrrr」

 

ふと、運転手の携帯電話が鳴った。

 

運転手が携帯を手に取る。

 

村岡はその瞬間を見逃さなかった。

 

携帯の待受画面の画像

 

 

絵こそ違うが、先日の携帯電話と同じタッチの絵だった。

 

村岡はすでに大きな動きの中に巻き込まれている事に気がついた。

そして、これはいつものように「郷と名乗る男」の手口であることも。

 

 

 

 

 

 

 

 

3日後、日本に帰り、村岡は会社の引き出しから携帯電話を取り出した。

ビルの屋上へ向かい、周囲を見渡して誰もいないことを確かめる。

この携帯電話の中に、たった一件だけ登録されている電話番号。

 

011で始まる番号だが、どうやら札幌ではない。数字の桁が多い。

確かこれは韓国の携帯電話番号だ。

村岡は韓国の国番号82を付けて発信ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

「さすがだな。」

電話口の向こうで聞き覚えのある男の声が聞こえた。

 

 

「郷か?」

「いや、違う。」

「声で解る、お前は郷だ。」

「いずれ解る。それまで待て。」

 

 

 

「今度は俺に何なんだ。」

村岡は抗議を含めてこの質問を口にした。

 

 

 

「北朝鮮がミサイルを撃つというニュースは知っているな。」

「ああ。」

「それをお前の船で追いたい。」

 

 

「追う?」

「追尾だ。」

 

「自衛隊にはレーダーがあるんじゃないのか。」

村岡は常識的だが、この場合は無意味な質問であることを解って聞いた。

 

 

「自衛隊のレーダーでは追えない。超能力者の力が必要だ。」

「そいつを乗せて、海に出ろということか。」

「そうだ。」

 

 

村岡は受話器を持ち直して声を潜めて聞いた。

「報酬は?」

 

「ヤルキスティックのぬいぐるみだ。」

 

「なに!?それはいいな。」

村岡の頬が心なしか緩む。

 

 

「もう一つ、マリブをつけよう。」

「マリブか。まあいい。ちょうどロストしたところだったんだ」

「マリブは1本だ。」

「1本じゃきつい。手持ちが少ないんだ!」

村岡は声を荒げて5本を要求した。

 

 

「超入手困難だぞ。が、政府に頼んで何とかしよう。」

「郷と名乗る男」は静かな声でそう言った。

 

 

 

 

 

 

4月4日

 

マスメディアは本日が発射予告期間の初日ということもあり、まるで大晦日のカウントダウンを待つかのような大騒ぎをしていた。

テレビ画面の中では、こういう時しか出番のない軍事評論家が、三日三晩寝ていませんというような顔で、悲観論を声高に振りまいている。

村岡はコーヒーカップの残りをぐいっと飲み干して、暗いうちに家を出た。

 

 

 

村岡が港に到着したのはまだ夜が明ける前。

すでに男3名が一人いた。

そして、見覚えのある男も。

 

 

「郷と名乗る男」が急かすように周りの男達に指示を出している。

「郷と名乗る男」は村岡に気付くと、一瞥もせずに、

「時間がない、早急に支度をしろ。」

とだけ話し、やけに大きなバッグを船に積み込んで、自分も船に乗り込んだ。

 

 

 

村岡の操船する船は千葉県のある港から東京湾沖に出ると南へ向かった。

 

「一体どこを飛んでいくんだ?見当でも付いているのか?」

 

村岡の質問は空気の中に消えた。

 

「郷と名乗る男」は何も聞いていなかったかのように村岡に指示を出した。

 

「アオリイカだ。」

「なんだって?」

「アオリイカを釣るんだ。」

「アオリにはここは浅すぎる。」

「釣るんだ。」

 

村岡は軽い舌打ちをして、スナップにエギを取り付けてからキャストを開始した。

この時期、まだアオリイカは接岸していない。

もっと深場を狙わないと釣果は望めないだろう。

しかし、ミサイルの追尾と何か関係があるのかもしれない。

そう納得して村岡はロッドをシャクリ続けた。

 

 

しばらくすると、「郷と名乗る男」が大きなバッグを開けて、まるで犬に声を掛けるかのように話しかけている。

そのバッグから一人の美しい少女が現れた。

 

 

 

 

「その子が超能力者か!?」

 

 

村岡の質問に、「郷と名乗る男」は苛立った表情で、

「黙って釣りをするんだ!」

と声を出さずにささやいた。

 

 

 

村岡はハッと気付いた。

首を動かさないように、目線の視野の中だけで周囲を見渡す。

漁船が2艘、右手にアオリイカ船、左手にカワハギを狙っている感じの船。

 

 

「このカラーはどうだ?」

「郷と名乗る男」が手元のタックルバッグからエギをいくつか選びながらそっとつぶやく。

その手に取ったエギを揺らして、左舷側の方向を示唆している。

 

 

 

村岡は顔を向けない状態で、視線をそらしたまま左舷側にいる船を観察した。

カワハギを狙っている客が2人。そして年老いた船長。

一人の客のロッドの先に何かの物体が装着されている。

 

 

「おそらく集音マイクだ。」

「郷と名乗る男」はささやき声で村岡に教えた。

 

 

「あいつらは誰なんだ?」

村岡がロッドをシャクリながら、しゃくる瞬間の音の中で質問をする。

「北の工作員だ。」

「郷と名乗る男」は執拗にエギを歯ブラシで擦りながら、その音に紛れてささやいた。

 

 

「なんだって?!」

 

 

「しっ!」

 

 

村岡は船のエンジンを掛けた。

 

 

 

 

受信開始

 

 

村岡が目線を先にやると、先ほどバッグから出てきた少女がいつの間にか船のミヨシに立っている。

 

 

 

「そのまま南へ走るんだ。」

{郷と名乗る男}が鋭い視線を南に向けて村岡の耳元で囁いた。

 

「ぜんぜん釣れないね。はい、それじゃあ、移動します!」

 

村岡はあえて声を大きく船内に叫んだ。

 

 

ちらっと視線を先ほどの船に向けると、カワハギ船は北へ走り始めたところだった。

村岡は安心すると共に、背中が汗でびしょびしょになっていることに気がついた。

もし向こうが妨害するとしたら、容赦なく銃弾の雨が降り注いだことだろう。

 

 

 

 

 

少女はミヨシに立ったままだった。

「限りなく遅く、南を維持して走れ。」

{郷と名乗る男}の指示に従い、村岡はハンドルを回し続けた。

 

 

 

 

 

やがて、突然少女がミヨシからこちらを振り返る。

 

父親らしき男に何かを告げている。

そして、ミヨシから降りてきて甲板の上に寝ころんだ。

 

 

 

 

 

「いよいよ、超能力を使うのか?!」

村岡はやや興奮気味に{郷と名乗る男}に尋ねる。

 

 

 

 

「いや、船酔いだ・・・」

 

 

 

「ええっっ!!」

 

 

 

 

 

{郷と名乗る男}はそれっきり何も話さなかった。

また、船内がイカスミで汚れることはなかった。

 

 

 

そして、翌日。

北のミサイルが日本上空を越えていった。

村岡はそのニュースを聞きながら、{郷と名乗る男}の言葉を思い出していた。

 

「ヤマトスズキを手に入れるしかない。」

 

 

それは釣りのプロでもある村岡でも知らない魚の名前だった。

 

 

続く・・・

 

 

使用タックル
ロッド メガバス 海煙83MH
リール ダイワ イグジスト2508
ライン 東レ シーバスPE エフゼロ0.8号
プラグ ヤマリア エギ王 Q速3.5

 

 



 

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