村岡昌憲の釣行記。東京湾のシーバスからその他節操無く色々と。

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AreaXX - Stage6 〜 数千年前の記憶 〜

2005年9月1〜3日 北海道渓流

 

 

釣りに、釣りをすることに意味を求めたのは、初めてだったような気がする。

釣りとは自然からの搾取である。

それは狩猟や収穫とも変わらない。

太古から行われてきた、他者の生命を奪い、自らの命を長らえることである。

 

 

生まれて32年が経った。

物心着いた時から自分の中で育んできた一つの正義を信じ、傷も痛みも全て背負いながら生きてきたのに、

その正義はある日、突然に音を立てて崩れていった。

その正義を通すべく戦っていたはずだった。

 

正義に見えていたその残骸は、自分の弱さを隠すための蓑であり、

持っていたはずの確信は、弱さが映し出した幻覚であった。

胸の中がとびっきり空っぽになって覚えた空虚感は、死にたいとすら思えるほどだった。

 

 

それに気づいてからの日々は、ただひたすらにむなしいだけだった。

僕はやがて笑顔を失い、仕事の忙しさに感情を黙殺しながら日々を過ごしていた。

 

 

この旅の2週間前に、海で溺れている人を助けた。

泳ぎに自信のある僕は、必死に空気を吸おうとする彼の腕の下から担ぐように彼を持ち上げた。

彼が溺れかけていることに回りも気づいていて、救助が来るまでの数分持てばいいだけだったからその方法を選んだ。

しがみつく彼を担ぎながら、水面に浮こうとすると、それはとてつもなく重かった。

それは彼の体重だけでなく、命の重さがあり、彼の背中に忍び寄った死神の重さがあるからである。

 

泳ぎながら、10年ほど前に同じように溺れている人を助けた時を思い出した。

あの時より生きたぶん、命の重さが重く感じるようになった気がする。

3分ほどして浮き輪が投げ込まれ、その騒動は終わった。

死神に肩を叩かれた彼に、運命はまだ彼が生きることを選んだ。

「死とはどういうものか」

「生きてまだやるべきことがある」

運命は彼にそう問い、伝えたのだ。

それを伝えようと思ったが、紫色に染まった彼の顔色を見て言うのを辞めた。

「生かされた。」

そんな顔をしていたからだ。自分で気付ける顔だった。

 

早朝の便で女満別へ飛んで、車で北の外れの知床を目指した。

知床に行けば求めていた何かがあると思っていたが、

残念ながら車で走ればただの観光地であり、自分が求める意味は気配すら無かった気がする。

そこで屈斜路湖方面へ走り、県道から林道、舗装路から未舗装路へと走った。

 

人の気を嫌い、自然を求めて着いたところは、小さな川の橋の上だった。

久しく車が走っていなさそうな道は、夏草が道幅をすっかりと隠し、

轍の中から新しい芽吹きがたくさん芽生えていた。

ここから先はしばらく人が入っていない様だった。

僕は車を道端に止めて、歩き出した。

ウェーダーにナイロンウェア。そして手には1本のロッド。

係留のルアー釣りタックルを腕に携えてひたすら奥へと進んでいった。

 

 

両側から倒れかかるように生える草を、橋渡しするようにかかる蜘蛛の巣が行く手をひたすら遮る。

何十個目からか、いい加減めんどくさくなり、うつむいた頭にかぶった帽子で蜘蛛の巣を引き裂きながら

前へ進むうちに、やがてまた小さな川を渡る橋に着いた。

「ここから入ろう。」

そう決めて、河原へ降り立つ。

 

水面上を物体が動く気配に川面の中の魚がさっと隠れる様子が見える。

魚はたくさんいるようだ。

流れを釣り上がっていくスタイルを選んだ。

源流まで上がりたい。そんな事を考えていた。

この川が何という名のか、どこからどこへ流れるのかもわからない。

ただ、巡り会った川。そこで自分を試したかった。

 

 

よほど釣り人が入っていないのか、魚は相当な数が入っていた。

アスリート5Sやチップミノーに次々と魚影が襲いかかる。

釣っては逃がし、釣っては逃がしを繰り返しながら、川をどんどんと釣り上がっていく。

 

 

最初は夢中になって釣っていたが、やがてキリがないことに気が付いて、途中から脇目もふらずに歩き出した。

たまに大きな淵があった時に、ルアーをキャストする。

 

 

大きな淵にはニジマスがたくさんいた。

淵を釣り、瀬を歩き登る。

そんなことを数時間続けただろうか。

ふと感じた空腹に経過した時間の長さを感じた。

朝の羽田でパンを食べて以降、何も食べていない。

だが、準備不足なわけではない。そうしたかったのだ。

 

自分を試したかった。

自分の何を、ではない。ただ、自分が生きていることを試したかった。

生きたいと思っていることを知りたかった。

帰ってきた今、そう思う。

ただ、この時は源流に行くことしか考えていなかった。

ニジマスがやがて淵から姿を消した。

釣れるのはイワナとオショロコマばかりとなる。

それでも釣り上がる。

淵の浅瀬に多くの動物の足跡が残っていた。

恐れていたクマの足跡だけは無い。

いや、本当に恐れているのか、それとも恐れていないのか。

それすらも知りたかった。

クマが怖いということは、生への執着があることだから。

 

いつの間にか、日が暮れていて、辺りが急に暗くなってきた。

青色と灰色を練り混ぜたような空が、深い森の中で自分の頭上だけで輝いている。

この大自然の中で自分を守ってくれていた光がいよいよ姿を消す。

 

 

 

あたりを見渡す。

ひっきりなしに襲う空腹感が、現実をひしひしと感じさせてくれる。

僕は河原の倒木に腰を下ろした。

川の水をおなか一杯になるまで飲んで、ここで夜を明かすことにした。

座り込んだ途端に、小さな蝿と蚊が集まってくる。

 

 

虫に刺されるところを全て隠して僕は座ったまま寝た。

山奥の夜は本当に何も見えないくらい真っ暗だった。

そして恐ろしく静かだった。上流の瀬で水がさらさらと流れる音以外何も聞こえない。

 

 

たまに草藪を獣が揺らす音が静けさの中から響いた。

僕が叫ぶと獣はガサゴソと去っていく。

1度だけとても大きそうな獣が来た時は、さすがに肝を冷やした。

エゾシカだ、と自分に言い聞かせた。

 

 

やがて空腹と恐怖で目が冴えて眠れなくなった。

神経もびんびんにとんがって、

川の流れの音の中に混じる、獣の鳴き声や虫の飛ぶ音、草や木が揺れる音にいちいち反応する。

猿か狐かわからないのだが、遠巻きに自分を囲む動物の気配がする。

 

 

怖い。

夜明け直前になって初めて僕はそう思った。

眠りたい。しかし、怖くて眠れない。

僕は観念した。

 

自分の中でこれをやったら負けと決めたことだった。

僕は爆竹の房を取り出して、ライターで火をつけた。

バリバリッと静けさを犯すようにあたりに爆音が切り裂く。

この山一帯に、絶対的な侵入者、侵略者としての人間の存在を知らしめる。

山全体が緊張し、一気に生命感がしぼんでいく。

数千年前から営まれている大自然のリズムをたった一つの爆竹が壊していく。

僕はとても申し訳ない気持ちになり、そして今夜だけの山の王となった。

そして僕は、しばらくの間、あれこれと考え事に集中し、そしてまた泥のように眠りこけた。

 

 

9月の夜は意外と長かった。

考えてもみれば夜の8時に寝るなんてことは普段の生活でほとんど無い。

3時頃にはもう眠れなくなった僕は、また色々なことを考えていた。

こんな無謀なことを自分のサイトに書くかどうかも考えたが、帰ることができたら書こうと決めた。

 

 

やがて夜が明ける。

僕はまだ上を目指して歩き始める。

空腹がどうにも止まらない。

2日くらい何も食べなくても何とか我慢できると思っていたが、24時間近く食べないだけでこんなに腹が減るのかと。

食えそうなものといったら釣れるイワナだけである。

川魚を生で食べたことはない。食べていいのかどうかもわからない。

だけど食べなければ、自分が持たない。

寄生虫にかかっても死にはしない。

釣った片っ端から何匹も食べた。むちゃくちゃに美味かった。


こいつから喰った。

 

9時頃から流れは魚もいないような

11時になって、とうとう僕はこの川の源流らしき部分に行き着いた。

大きな岩があった。苔を蒸し出したその岩には神様が宿っているように見えた。

その岩の割れ目から流れ出す一条の流れ。

何度か分岐点があったので、これが源流かどうかはわからないが、僕は十分満足した。

 

岩の割れ目から流れる水を顔中に浴び、そしてガブガブと飲んだ。

岩の横にある石に座り込む。

座った瞬間に、石の丸さや暖かさに何かを感じた。

あたりを見渡す。

周辺の木のあり方、空間。豊富な食料と清涼な水。

この石に座った事があるのは自分だけではない。

遠い遠い昔、人間がここに座っていた気がした。

 

そしてその人間もこの岩に神を感じたのだろう。

僕は岩に両手を合わせ祈った。

 

使用タックル
ロッド スミス インターボロン63UL
リール シマノ バイオマスター2500
ライン 東レ BAWOフロロ4lb
プラグ アスリート5S流れの達人
チップミノー

 

 



 

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