村岡昌憲の釣行記。東京湾のシーバスからその他節操無く色々と。

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Area9 - Stage15 〜 東京湾のシイラ〜

2009年8月28日 東京湾内 シイラ

 

 

 

本日、民主党が衆議院選挙で圧倒的な議席数を確保した。

明日になれば政権が変わる。

そして、何かが変わり、何かが変えられない。

その何がなんなのかは誰にもわからない。

わかってるのは、僕の最後の日まで一日進んだこと。そしてこれを読むあなたも。

 

 

多くの人は混沌が嫌いだ。

混沌は不安を生み出す。明日のことが読めなくなる。

 

明日のことは誰だってわからないのに、明日もきっと同じ状態であることをいつも望む。

そう、人間は生物なのだから。

自然の一部である以上、永遠のものには決してなれない。

同じように見えても、刻一刻と人も動物もこの世界も変化していく。

 

それを忘れて、明日の安定感を望む。

そう望んだ時点で、人生は自分の思い通りにならなくなる。

 

 

自民と民主のどちらが生活を良くしてくれるのか?

違う、自分の未来は自分で作るんだよ。自分で決めるんだよ。

 

不安は全て喜んで受け入れろ。

むしろ、混沌を作り出す側になれ。

あと50億年後にはこの地球が無くなるんだ。

何もかもも、残すことはできないんだ。

だったら、何を残すんだ?

 

世界はいつだってボーダーレスだ。

それは政治も釣りもどんなものもそうだ。

 

 

 

 

 

 

昨年、古びた漁船を買った僕は、漁師だったひいじいちゃんの屋号を受け継いだ。

そして、小さな漁港の準組合員になった。

「俺のじいちゃんはきっと喜んでいるぞ。」

そう言ったのは、仏壇を10年間もほったらかしにしていた親父。

 

 

 

漁師になるつもりはない。

だけど、楽しそうな方に楽しそうな方にと進んできたら、そうなった。

親父に教わったハゼ釣りから、スズキ釣りが始まり、TSNが生まれ、そして漁船を持つ。

 

その道はいつも、楽しそうな方の分岐点を選んできた。

楽そうな方ではない、きつくても楽しそう、めんどくさくても楽しそうな方。

そう生きているうちに、それが人生を上手く過ごす秘訣だと気付いた。

そして、目の前に次々とやってくる色々な困難やトラブルを楽しむようになった。

 

 

なんとなく、一人の神様がいつも自分を見ていて、困難なことを、だけどちょうど乗り越えられそうな壁をいつも目の前に置く。

その神様のことを僕はいつの間にか、後藤さん、と呼び始めた。

むちゃくちゃにへこむことがあった時でも、後藤さんは自分に何かを学ばせようとしている。

それをマジメに考えると、どんな問題にも自分の落ち度が少し見える。

自分は悪くない → 自分にも問題があったかも。

こう考えるだけで世の中のほとんどの問題は解決する。

 

 

しかし、本業の方は怖いくらいの順調さで、後藤さんは本当に難儀な壁ばかり置くようになった。

だけど、歯を食いしばって壁に挑み続けた。

世界に轟く企業に裁判で勝ったり、創業当初から内在していた大きな問題を解決したり。

その全ては、自分への自信につながり、そして後藤さんは次の宿題を置いていく。

 

その大きな壁に何度も現実的な選択をしそうになるけど、それでも楽しそうな方を選ぶ。

 

 

 

 

そして次々と生まれる感謝。

 

自分の元で、いつも必死にやってくれる人間達への感謝。

 

自分が伝えられることは少ないけど、ひとつ大きな事。

 

それは、どんなことでも遊びに変えてしまうこと。

 

嫌なこと、めんどくさいこと、困難なこと、みんな遊びに変えてしまえ。楽しんでしまえ。

 

そうすれば、たいていのことは楽しくなって、そのうち終わってるもんだ。

 

 

 

 

 

そう社員に伝えたいけど、なかなかに言葉では伝えることは難しい。

 

 

だから、夜明けと共に集まった。

 

 

 

アクアラインを渡って南へと、南へと。

 

 

房総半島の田園風景はいつも優しい。

 

 

 

はやる心を抑えてラインシステムを組む。

 

 

気付いて欲しいんだ。

海のように、この世界の全てはつながっていて。

国境とか、限界とか、人間が引く線の全ては人間だけのものなんだ、と。

全てのことは自分の気持ち一つで変えられるって事を。

 

 

 

初めての釣りでいきなりメーターオーバーのワフーを掛け、バラした次の一投でシイラを釣る強運な新入社員。

俺はそういう星に生まれたって、心から信じろ。信じたものからそうなるんだ。

 

 

 

やがて、潮目が目の前に。

多くの線の中でもこの線は好きだな。

 

 

 

 

やがて、死んだカメがポツリと。

人より長く生きると言われるカメ。その死骸は神々しい。

シシ神様が死んでしまうのを見た瞬間の気持ちと一緒だ。

 

 

 

 

 

しかし、そこにシイラはいる。

 

 

 

 

僕が投げたボラドール130LSに豪快な水柱。

 

 

 

 

すぐさま海面を凄まじい勢いでラインが走り、線を引く。

この線もホントいいね。

 

 

 

 

しっかりと楽しませてもらって。

 

 

 

今季最大、136センチ。

漁師だったひいじいちゃんは、こんなもんいらん!と言うだろうな。

 

 

 

それ以降もポツポツと釣りながら南下して。

 

 

 

 

 

 

気に入った岬のワンドに船を停めて、1時間泳ぐ。

海の中にあるサザエが漁師のものって誰が決めたんだろうね。

ホントに悲しいこと。そういう線引きは大嫌いだ。ゴロゴロと落ちていたのに。

 

 

 

泳いでいて驚いたのは、東京湾口から奥へけっこう入ったところなのにサンゴがあちこちにあったこと。

沖縄からサンゴが消えたって、東京湾にはサンゴが生まれてる。

沖縄にはサンゴがないといけないと決めているのは人間だけ。

消えたのは温暖化による海水温の上昇だと騒ぐのは人間だけ。

 

 

覚えておけ。

自然は常に、そして淡々と、適応する。

そして僕はサンゴにそっと笑いかける。

「ようこそ東京へ。」

 

 

 

 

帰り道、みんな疲れて爆睡している中、ひたすらミヨシに立つたつろー君。

その精神は立派だが、その割にシイラやナブラを見つけるのは自分だったぞ(笑)

 

 

 

 

一つのもじりにジグを撃ち込んだら、ワラサがヒット。

 

 

 

 

船を揚げて、港近くの居酒屋へ。

こういう入り方、できるだけで楽しい。

 

 

 

 

そして、それが数分(ホントに数分)で刺身になる、とんでもないママがいることも最高に楽しい。

さすけ食堂に行く人、メニューにはないけど、特アジ定食を頼もう。

僕に教わったと言えばきっと作ってくれる。そしてすごい感動を口にできる。

 

 

 

 

こうして一日を遊んで、残ったワラサの半身と、他の獲物を実家に持って行く。

家には仏壇が久々に登場していた。

そして、10年ぶりくらいのチーン。

 

自民党にもチーン。

 

 



 

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